この事例の依頼主
60代 女性
A子さんとその夫X氏は、10年以上別居が続く夫婦でした。そして、X氏は、A子さんを相手方として離婚調停を申し立てましたが、離婚給付の金額について折り合いが付かず、調停は不成立となり、別居が継続されました。その数年後、A子さんが役所に行った際に戸籍事項証明書を取ったところ、X氏がB美さんという知らない女性と養子縁組をしたとの記載があるのを発見しました(B美さんは、X氏がA子さんを相手方として前回の離婚調停を申し立てる前からX氏と同居していた重婚的内縁関係にある女性であることが後に判明しました。)。驚いたA子さんが、法務局で戸籍届書の記載事項証明書の交付請求をし(市町村役場に提出された戸籍届書は、その市町村を管轄する法務局に送付され、一定の利害関係人は、特別の事由がある場合に限って、その書類に記載した事項について証明書を請求することができるとされています。戸籍法48条2項)、養子縁組届の内容を確認したところ、X氏とB美さんとで養子縁組届がなされ、そこに妻A子さんの同意文言と署名・押印があることが確認できました。しかしながら、A子さん自身は、B美さんの存在を知らず、養子縁組について同意したことも、養子縁組届に署名・押印したこともありませんでした。そこで、A子さんは、その養子縁組の取消しをしたいということでご相談に来られました。
配偶者のある者が養子縁組をするには、その配偶者の同意を得なければならないとされ(民法796条)、これに違反した縁組は、縁組の同意をしていない者から、その取消しを家庭裁判所に請求できる。ただし、その者が、縁組を知った後、6ヵ月を経過し、又は追認をしたときは、この限りでないとされています(民法806条の2①)。そこで、早速、X氏とB美さんを相手方として養子縁組の取消しの調停を家庭裁判所に申し立てました。調停期日において、X氏は、A子さんの同意についての署名・押印を偽造して、A子さんに無断でB美さんとの養子縁組届を役所に提出したことを認めました。そして、裁判所によって、養子縁組届の配偶者の同意文言と署名・押印がA子さんのものではないこと、A子さんが縁組の事実を知ってから6ヵ月が経過していないこと等が確認され、その後、X氏とB美さんとの養子縁組を取り消すとの審判(合意に相当する審判)が発せられました。そして、審判確定後、A子さんが役所(戸籍係)に審判書謄本と確定証明書を添付して養子縁組の取消しの届出をし、事件は終了しました。なお、これは後日談ですが、X氏は、本件が終了してから約1年後に、A子さんを被告として離婚請求訴訟を提起してきました。私は、A子さんの代理人として応訴し、また、X氏を反訴被告として離婚請求、慰謝料請求、財産分与請求の反訴を提起しました。そして、最終的には、X氏がA子さんに解決金1500万円を支払うとの内容で和解離婚が成立しました。
X氏としては、B美さんを妻にしたかったが、正妻のA子さんが離婚に応じないため、次善の策としてB美さんと養子縁組をしたものと推測されます。しかしながら、配偶者のある者が養子縁組をするには、その配偶者の同意を得なければならないとされており(民法796条)、A子さんの同意を得ず、その署名・押印を偽造して役所に養子縁組届を提出する行為は犯罪(有印私文書偽造罪、同行使罪、電磁的公正証書原本不実記録罪)となります。本件では、A子さんが、X氏の処罰までは望まなかったことから、刑事事件にはしませんでした。養子縁組の取消事由は、民法803条以下に列挙されていますが、家庭裁判所への取消し請求については取消事由ごとに期間制限が設けられているので注意が必要です。なお、養子縁組の取消し等の人事に関する訴え(離婚及び離縁の訴えを除く。)を提起することができる事項についての家事調停手続では、当事者間に原因や事実に対する争いがなく、審判を受けて事件を解決することに当事者が合意していれば、家庭裁判所は「合意に相当する審判」をすることができるとされています(家事事件手続法第277条)。本件も、妻であるA子さんの同意を得ずに、A子さんの署名・押印を偽造して養子縁組届を提出した事実をX氏が争わなかったため、裁判所が必要な事実を調査した上で合意に相当する審判をしたものです。もしX氏が事実を争っていれば、調停は不成立となり、養子縁組取消しの訴え(人事訴訟法2条3号)を家庭裁判所に提起する必要がありました。